死んでしまいたいくらい…



インパクトのあるタイトルでごめんなさい。

生きていれば一度はこんな風に思ったことある方、いるかもしれません。



私は過去に思ったことあります。

これまた唐突でごめんなさい(^-^;



でも今は元気に生きて、むしろ人を豊かに楽しくサポートするお仕事をしています。

どんな風に考えて生きてきたか、記すことで

誰かの役に立ってもらえたらと思い書くことにします。



経験した人にしかわからない辛さがあると思うんです。

別に超ポジティブに生きてきた人を敵に回そうというつもりではありません。

悲しい、辛い体験は人の気持ちに寄り添える優しさや強さが身につくということ、

決して無駄にはならないということです。



私はとてもつらかった時、(気が向いたら詳しく書きますね…笑)

誰から教わったでもなく…

このように考えていました。



「今日一日を生きることが出来た。」



目が覚めたら、昨日でも明日でもなく、今日だけのことを考えます。



今日の自分に出来ること、

今日やってみたいこと。

一つでも出来たらマルです。



出来なくても、マルです。

だって死にたいと思っているのに、生きたんだから。



生きていても何もいいことは起こらないかもしれない。

でも、生きてさえいればもしかたら。

1%の望みだとしても、いいことがまたあるかもしれない。



未来のことは誰にもわかりません。
0%、100%の未来など存在しませんよね。



人生が終わるのは、失敗したときでもなくて、恥をかいたときでもなくて

失恋したときでもなくて、失業したときでもなくて、裏切られた時でも、裏切ったときで

も、大切な何かを失ったときでも、大事なことから逃げてしまったときでもなくて…

死んだときだけです。



だから、とりあえず今日いちにち。

まずは生きてみよう。



一日の終わりには、今日もなんとかよく生きた。

と胸を撫でおろして。



今は何もなくてもいい

少し経てば、何か見えてくるから。



心地の良い暮らしを。

Q-hara.

名古屋市緑区に佇む プライベートサロン ボイストレーニング/ヨガ ヘッドセラピー

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